壮年探検団

 
 
作家を目指している、というか、自称作家の友人の坂巻(仮名)から連絡があった。
ネタ探しに廃温泉レジャー施設を探検したい、というのだ。
ついては、大石蔵之介(仮名)もつれて、一緒に行こうではないか、とのこと。
 
またこの3人で出かけるのか。
とも思ったが、思い返すに前回ディズニーランドに行ってからもう2年くらい経っているんだな。
あの夏の暑さ、そしてヒヤッとするほどの周囲の冷たい視線、いたたまれなさにジャングルみたいな人の少ないところで時間をつぶし、坂巻と大石がどうしても見たいというプロジェクションマッピングを鑑賞して、12時間たっぷりと楽しんだ。
あの時は、もう行くものか、とも思ったが、それ以外にその年の夏の思い出といっても、何も思い浮かばない俺にとっては、それなりに、ごろごろ過ごすよりは、有意義な時間でもあったのかと思う。
最近、というか当時から引きこもりがちであった大石の様子も気になることだし、やっぱり俺は行くのだった。
 
大石に連絡を取る。坂巻はこういうことはやらない。下手に任せると進まない。なので俺がやる。
すんなりOKがでる。暇なんだな、とも思うが、出てきてくれるだけでありがたい、といったところか。
 
当日、俺の車で2人をピックアップし、目的地へと向かう。
また、夏だ。熱い。ムサい。クサい。
山梨のとある温泉地にある目的地には午後4時くらいを予定している。夜、暗くなると、廃〇〇にはヤンキーをはじめとしたろくでもないのが出没するからであり、当然、幽霊よりも何よりも、そういう連中のほうが恐ろしい我々にとって、そのくらいの時間であればいいだろうと。それに、なにも我々は肝試しに行くのではなく、あくまでも坂巻の取材に同行するのであって、暗くて見えないようでは具合がよくない。加えて、そのくらいの時間を目標とするのなら、中央道下りもある程度空いているだろうという目論見もある。
 
道路はそれでも混んでいたが、サービスエリアで飯をごちそうしてやりつつ、ちょうど予定通りの時間で現地に到着した。
なんだかんだでこうして1万円くらいなくなる訳だが、まあ、寄付だか喜捨だか、俺がろくでもないものをポチるよりかは、ましな使い方なのだろうと思おうと思っている。
 
果たして現地は、廃旅館の立ち並ぶ、といっても5,6軒が数百メートルくらいに、間をゆったりととって並んでいた。
まったく人の気配がないわけでもなく、軽トラがあったり、洗濯物らしきものが出ていたりするので、うっかり入ったりすると、警察のお世話になりかねない。
インターネットで調べると、この温泉街のページはヒットするはするのだが、元からネットでの予約なんぞはやってないらしく、今も昔も変わらないページが表示される。つまり、廃業などということは、ホームページからは分からない。が、実質廃業状態にあるらしい。知らん。そう坂巻が言っている。
 
車を路肩に停め、レジャー施設の入口に立つ。そこは廃旅館の間で、先には通路が続いており、うっそうとした茂みの中に導いている。
ひぐらしの鳴き声の中、カラスの鳴き声が響き渡る。
まだ確かに明るい、が、山間といってもいいくらいの場所にあるここは、日の落ちるのは比較的早そうだ。そして、この先、何が出るかわからない、少なくとも虫には大量に遭遇することになるだろう。俺の虫よけスプレーが役に立つような相手かどうかも分からない。
そういえば「熊に注意」という看板を見なかったか。
耳をすませば、獣の足音が聞こえてきそうだ。
 
ここまでか。
 
と思ったところで、2人は藪に向かっていった。
本当にあほなんだな。
坂巻のほうは、まだ長袖長ズボンだからいいとして、大石のほうは半袖半ズボンだ。嫌がる大石にレインウェアを貸してやり、全員で虫よけスプレー1缶使い切った。
落ちていた木の棒で先を探りながら、藪を進む。
 
案外困難だったのは最初のほうだけで、先に進むにつれ、かつてそうであったように通路らしくなってきた。
つづら折りの道を登りきると、入場ゲートを兼ねていただろう建物があった。
 
坂巻は満足そうに写真を撮っている。
大石は体中のかゆみでそれどころではない。やはりレインウェアでは、虫は防ぎきれなかったか。
 
もう日の色が変わってきた。これで帰るか。
坂巻が言う。これで帰れるか、と。中の状態を見ないわけにはいかないだろう、と。
しかし、先の廃旅館のように、営業はしていないにしても、人がまったくいないという訳でもないかもしれない。
ばかなのですか、と俺が坂巻に尋ねていると、大石がゲートのところにいるではないか。
 
「おい、勝手に入るな」
俺が叫ぶと
「うるせえなあ、ちょっと覗くだけだよ」
といいながら、閉ざされたゲートを押した。しかし、ゲートにはツタのような植物が絡んでいるせいか、開かない。
大石はツタを引きちぎりはじめ、そこに坂巻も加わる。
 
やってられない。
 
このまま捨てて帰ろうか、などと考えながら、廃温泉に取りつかれた2人を眺めていること数分、ゲートが開いた。
 
「おー」
という二人の歓声が、途中でピタッと止まった。
なんと、ゲートの先には、人がいたのだ。
目を丸くしたおじさんだ。
 
まずいことになった。本当に俺だけでも逃げようかとも思った。社会的に責任が取れるのは俺しかいないわけだし。
 
緊迫の沈黙を破ったのは、おじさんだった。
 
「どこから来られたんですか」
 
思わず優しい物言いにホッとする。
聞けば、なんとこの温泉レジャー施設は営業中とのこと。
我々が来た道はかつて確かに入場口として利用していたが、ほぼ全員が車で来場するため閉鎖しており、現在は駐車場からの入口のみとしているとのこと。
中へ進んでみると、ケーキ屋や、お土産の売店など、複数の建物が立ち並び、そして、数か所に温泉、プールのようなものもあるではないか。
しかし、客は一人もいない。
ケーキ屋を遠目に見てみると、中では若い夫婦と思われるカップルが、その店で働いているようだ。建物は相当の年月を感じさせるが、中は白を基調とした明るく清潔な内装で好感が持てる一方、なぜ、ここに、という疑問も沸く。
 
プールのようなものの中を見てみると、めだか、熱帯魚と思しき魚が泳いでいる。水はとても澄んでおり、内部もそこらへんのプール同等にきれいに、清潔に保たれているようだ。
残念ながら営業終了時間も間近であったため、利用することは叶わなかったが、機会があれば是非とも利用したいと思った。
 
なんとも不思議な施設だった。
あるいは狸か狐かが運営しているのかも知らん。
 
坂巻もいいネタが仕入れられたことだろう。
しかし、こうやってここにそのネタをさらすことにする。
こめかみが、ブヨのようなものに刺されたのか、ボンボンに腫れあがっているのだ。
これくらい仕返ししても、いいだろう。