たまらない

エレベーターホールからの見慣れた景色。
何の気なしに目に入ったその景色は、いつもと何か違った。
反射的に二度見した、街を見下ろすその眺望は、生きていた。
家の屋根、外壁からはまるで血が通っているかのような活力が感じられ、
血管が浮き出ていないのが不思議なほどだ。
今にも何か分泌物が噴き出しそうだと思うが早いか、何かが勢いよく扉から飛び出してきた。
見たこともない躍動感、生命力。
それは正しく人ではあるのだが、その体からは命が光りとなって噴き出しているかのように、まぶしい。
街路樹はその一帯を治めているかのような存在感を持ち、その緑色の強さはともすると
街ではなく森を見ているのではないかと思わせる。
オイルコーティングされた皮張りのような道路を走る車は、獲物を追う肉食動物のように見える。
 
こんな街に住んでいたのか。
 
腹が裂け、重たい何かが中から溢れだした。
が、それでもなお体は想像を絶するほど重く、立っているのさえやっとのことだ。
もうだめだ。
その時、ふっ、と頭のてっぺんから何か抜けた。
同時に体の重さを感じなくなったのだから、それはどうやら私が抜けたようだった。
 
世界が見えた気がした。
どこまでも行ける気がした。
完全に自由だと思えた。
ほどなくその自由にちっぽけだがベースとなる絶対的な存在があることに気付く。
私の体だ。
そう。体が重しになっていて、私はそこに繋がれている風船のような存在なのだった。
 
そして、
それが、体があることが、唯一の不自由ではあるのだが、
それが、体があることが、どうにも嬉しくてたまらないのだ。