俺の終わり

ああ、疲れた。
全く、なんで俺だけこんなに働かなくちゃいけないのか。

家の中は真っ暗。誰もいない。
時計を見れば、ああ、もうあと少しで明日だ。
ささっと風呂とメシをすませて、7時間後にはまた会社だ。
嫌だねえ。

ふと、廊下から音がすることに気付く。
なんだろう。

音のする方、玄関に近づくにつれ、話し声もするようになった。
誰かいるんだな。
玄関のドアを開けて除いてみると、会社の上司の親子が自転車の
修理をしていた。
そう、このマンションはうちの会社の近くで、価格も安かった
ため、うちの会社の人が多く住んでいるのだ。挙句、上述の
ように、上司が隣を買うという最悪の事態が発生している。早く
転勤してくれればいいのに。

突っ込みどころではあるが、プライベートまで上司とは話はしたくないので、
一言挨拶を交わして、引っ込もうとしたとき、非常に違和感を覚えた。
月が視界に入ったのだ。
全戸南向きのこのマンションの玄関からは、月は見えないはずだ。
にもかかわらず、月は、真正面に見えた。

廊下に出て月を見る。
おかしい。あれは月じゃないんじゃないか。
のっぺりしていて、凹凸が全く感じられない。
と、月を観察していると、流れ星の多さにも驚く。
1分間に2,3個ぐらいのペースで、しかも、月の方向に向かって星が
流れていくのだ。
さらに、空を飛んでいる飛行機の数も多い。
確かにここは羽田空港がすぐ近くなので、いつも飛行機の数は多いは多い。
こんな時間でも、確か、一定数の飛行機は飛んでいた気もする。
しかし、こんな数の飛行機は異常だ。
ざっとみて、2,30は確認できる。
そしてそれらのうちいくつかは、たまに異常な光を放っている。
何か異常な事態が起こっていることは間違いない。

廊下に釘付けになって空のスペクタクルに見入っていた。
どれくらいの時間が経過しただろう。
地上からなにか明かりが減ったように感じた。
お台場のあたりだろうか、いつもビルの谷間から見えていたはずの、
ビルの赤い外灯が見えなくなったような気がする。
気のせいかとじっと見ていると、今度は確実だった。
煌々と光るマンションの明かりが、いや、マンションが、崩壊した。

上空から轟音が鳴り響く。
飛行機だかヘリコプターだかが無数に月に向かって飛んでいく。

「だからこの国はだめなんだ。こんな事態になって、国民には何も
 知らされていないじゃないか。一体どれだけ隠ぺい体質なんだ。」
と、上司が言う。
それはそうだ。この飛行物体の数からして、何かしら国が手を打とうと
していることは明らかで、まさか、知らなかった、ということはあるまい。
だがしかし、もはやそんなことはどうでもいいことだ。
今まさに直面しているのは生命の危機だ。

マンションの崩壊は1秒に1棟くらいのペースでこちらに近づいてくる。
あと20棟くらいというところ近づいても、どんな力によって、どんな
原因で倒壊しているのかは分からなかった。
そこで、俺は家の中に引っ込んだ。
もしかしているかもしれない彼女を探しに。
なんという幸福か、ベッドの中に彼女はいたのだ。
絞め殺さんばかりの勢いで抱き付き、キスをする。
そして、
「ありがとう。」
と言った後、俺のマンションは倒壊した。