日本科学未来館 ~ ニュートリノ

機会があって、東京お台場、日本科学未来館に行ってきました。
ちょうど、美・技・感性 「ものづくり展」というものをやっていて
見たのですが、とっても難しかったです。
専門的に特化した内容(実際の技術なんだから当たり前なんですが)
でその分野の知識がないと、ついていけませんでした。
んで、その製品が展示してあるんですが、例によって
「お手を触れないでください」です。
人の心理なんでしょうか?「よくわからないもの」を
「理解しよう」とするとき、やっぱり無意識で
「触ってしまう」んですよね。
思わずのべ10回ほど触ってしまいました。
頭ではわかっていても、本能でつい「触って」しまって
その自分が面白くて、自分で笑ってしまいました。

常設の展示については、内容は大人向けでした。
体験とか実験とか展示はさすがに子供向けで、
子供が群がっているのですが、そこらに展示してある内容は
完全に大人向けです。
ただインターフェースが、パソコンとかゲームに近いため
子供が触っている場合もありましたが、およそ意味は理解不能
であろうと思われます。
難易度は大人から子供まで楽しめていいかんじたと思いますが
「未来」館のくせに、「未来」を感じられるものがあんまり
というかまったくというか、むしろ古いものもありました。
スペースシャトルとか、コンピュータとか、インターネットとか
医療技術とか、リニアモーターカーとかすでに実用化されている
確立した技術の展示にとどまり、「現代」館感を否めません。
展示物の中には、すでに旬を過ぎてむしろ「古い」ものもあったり
して、ちょっとどうかなあと思い、日進月歩(古い?)の「新技術」
を展示するっチューのは難しいなあと考えさせられました。

一番おもしろかったのは、ニュートリノ観測装置、カミオカンデ
の展示のところでの、ボランティアのおじさまのお話でした。
--展示物ではなく、人の話というところに、私の歳を感じます。
なんでも宇宙のはじめは「光」も直進できない、つまりは見えない
混沌だったそうです。んで、何百万年(!)たったあとようやく
素粒子とか原子とかができ始めて「光」がとおる、見える世界に
なったそうです。なもんで、宇宙がどうやって(?)できたのか
その始まりを望遠鏡で見ることはできないそうです。
--前提知識として、100万光年先の遠い星を見るとき、その光は
--100万年前のものだと、過去をみているのだということを
--知っていることが必要です。
--おじさんはそれは当然の前提としてますが、みんな知ってますかね?
んで、宇宙の始まりから飛んでいるとされるのがニュートリノ
重さがあるらしく、粒子らしいんですが、やたらと小さくて
分子よりも原子よりも電子よりも小さいらしいです。
さらにそれはあらゆることから中立で、なにものからも影響されず
直進して、突き抜けるそうです。
原子を突き抜けるんですよ!?
ニュートリノは原子の中の陽子、中性子、電子より、もっともっと
小さいから突き抜けるんです。
あげく、1平方センチメートル当たりでも億だか兆だかの単位で
降り注いでいるらしいです。
んで、なんかの拍子に原子と、というかそのなかの「~子」とぶつかる
らしくって、そのときにエネルギーが発生する。
これを観測しているのがカミオカンデです。
50万トンだかの水にとぶつかるのを観測しているらしいですが
あんまり観測できないらしく、とてもめずらしい事象だそうです。
--地球(原子)に対する隕石(ニュートリノ)みたいなもんですかね。
わたしたちの体の中もニュートリノが突き抜けているんですよ!?
かもたまに体を構成する原子とぶつかっているんですよ!?
もう、これは、理解を超えています。

科学者は、この世に論理的に説明できないことはないと
すべての事象を研究して、あきらかにしていきます。
でも、大抵の科学者は晩年にして急に宗教にはまりだし
「すべては神の思し召しのまま」
と宗教的に結論付けるんだそうです。
そうして心の平安を、やりのこしたことはないという達成感を
得るんでしょうね。

私のような人間には、そういう意味でいうと、現時点ですでに
「すべては神の思し召しのまま」
といわざるをえません。
先のニュートリノなんかまさにそうですよね。
あれはきっと神そのものに違いありません。わたしにとっては。
ニュートリノを電波と同じように利用すれば、地球の裏側とでも
通信できるなんて、思ってはいけません。
おそらくそれは神への冒涜です。
原子爆弾の比ではない爆発が、神の怒りが、地球を破壊するかも
しれません。

意味不明ですが、世の中は知れば知るほど、意味不明です。
すべて理解できている人なんか、いないに違いありません。

誰も知らない、ひいてはあるかどうかもわからないような
「もの」を論理的に説明して、実証するのってちょっと
ロマンチックかつやりがいがある仕事ですよね。
うらやましいようなきもします。
が、わたしはわたしで、それを利用して、皆が幸せに暮らせる
ようにするのが役割、ロールなんだと思います。

この世界の神秘を思い知らされた、感動的な
未来館の「おじさんのお話」でした。
--ボランティアのおじさんだけで、施設の意義はありますね。

最後に、
世界がつまらないとか、同じことの繰り返しだとか言っている人にこそ
このような事実を知ってもらいたいです。
この世界がいかに奇跡の積み重ねでできていて、その奇跡は今まさに
持続的に起きていて、すべての人に影響を及ぼしているということを。