電気もいいけど、クルマもね

 記事の追加が一か月以上滞ってしまった。
 ゴールデンウイークを挟んでいるが、それは書けない理由でもあり、書ける理由でもあるだろうから、相殺されて何の理由にもならない。
 そうではなくて我が家のベビーが、、、
 
 書けなかったことの言い訳等を導入でだらだら並べたてないほうが、文章としては上等だと聞いたことがあるので、もうやめた。
 
 緊急ニュース速報が流される規模の自動車事故が立て続けに起こったのはゴールデンウイークの直前だった。それについて思った所を書こうと思ったのだが、以前に書いた記事からあまり違いを出せそうもなかったので、途中でやめたのか。
 
 交通事故は起こる。とりわけ殺傷能力の高い自動車が道路を走っている以上は、交通事故で亡くなる人は無くならない。
 大規模な事故が起こる都度、心を痛めているが、以前に書いた記事で書いたとおり、7,000人/年が亡くなっているのだ。実際のところ、一度にまとめてショックを受けるか、何回かに分けて悲しむかの違いでしかない。車が走っている事を憂慮すべきだ。
 
 医者が命を預かる大事な仕事だというのなら、車のドライバーもまたしかり。皮膚科医の診療等よりも、そこらへんを車で流す事のほうがより人命に与える影響は甚大であろう。そして、医師免許に比べるまでもなく、車の運転免許は、国民の誰しもが取得できるほどに、簡単に取得できる。
 
 技術の進歩によって車の自動運転、衝突防止装置、道路上の仮想軌道が実現されたとしても、最終的な所での判断は必ず人が行うことになる。つまり、マニュアル運転モードは絶対に残る。
 免許更新時に配布された(強制購入させられた)資料に運転適性検査があって、その中の1項目にこんなのがあった。
「私は運転に自信がある」
 確かこの項目で「あてはまる」と回答すると、慢心により事故を起こす可能性が高いと判定されたと思う。実際の所、若者の事故というのは正にここから来ているケースが多いと思われ、私の知人で「運転」に興味がある人は軒並み自己の運転が原因で事故を起こしていた。
 このような「運転に自信がある人」がオートモードを使用するだろうか。リスクを避け、「かもしれない運転」をしている、比較的事故を起こしにくい人がオートモードを使用し、SKN(そんなの関係ねえ)な「だろう運転」をする事故を起こしやすい人が、マニュアル運転することになるだろう。
 
 社会の維持に車は欠かせない。
 車の代替はない。
 車の事故は絶対に無くならない。
 来る魔は拒めず。
 
 地道に行くのだ。