明日に向かって逃げろ!

爆発の危険性のあるガス田で作業をしていた時だった。
近くで作業をしていた同僚が俺に話しかけてきたはずが、そいつは神だった。
 
「新しい命を授ける。
 新しい命を受け取るためには、どうすべきだと思うか。」
 
あまりの驚きに、とっさに思いついた言葉が口から出てしまう。
いや、自分の意思ですらなかったのかもしれない。
 
(二つの命を同時に持つことはできないので)
「今の命を失う必要があります。」
 
神は近くにあった突起物を手に取り、それで俺の左胸を突きさした。
その間まったく動くことすらできなかった。
 
神は去っていった。
 
血がドクドクと溢れてくる。
意識が遠くなる。
 
こんなふうに死んでいくのか。
あっけないものだ。
 
 
意識が戻った場所は会議室だった。
定例の作業進捗会議だと思うが早いか、正面に座っていたのはあの同僚だった。
 
動悸が激しくなり、冷や汗が噴き出る。
とても会議どころではない。
幸い発言しなければならない機会なく、会議は終了した。
なんとか座っていられた、というよりは、まったく動くことも、声を出すこともできなかったのだ。
 
皆が席を立つ中、一人動けずに座り続けた。
あいつが席を立ち、会議室から出て行くところを見届けようと目を上げると、果たして目があった。
それは、すべてを知っている目だった。
 
また、やられる。
 
ようやく動くようになった体で、席を立ち、会議室を出る。
とにかく、ここから離れなければ。
1階までエレベータで降り、正面玄関から会社を出る。
入れ違いに警察官がわらわらと会社の中に入って行った。
なにかおこったのか?
「あいつ」がらみに違いない。
急いで逃げなければ。
ところが全身の筋肉がなくなったかのように、四肢はガクガクのバラバラ。
人でごった返している会社近くの踏切を何とか渡りきり、そこから100メートルほど先の比較的人通りの
少ない交差点ではじめて振り返った。
 
渡った踏切は修羅場と化していた。
血まみれの人が逃げまどい、転倒し、踏みつけられ、車からも人が逃げ出していた。
 
次の瞬間、その地獄の中心にいる「あいつ」と目があった。
 
やられる。
 
懸命に逃げようとするが、もはや地面を這うようにしか進めない。
後ろからの悲鳴に発砲音が混じり始めた。
あいつが警官から拳銃を奪ったのだろう。
 
撃たれる。
 
あまりの恐怖と苦しさに、これ以上逃げるくらいなら死んだほうがマシだと思えた。
それでも(文字どおり)必死で逃げ続けた。
死にたくない。
 
その時、歴史は動いた。
 
俺がやらなければ誰がやるという使命感、危険を顧みない勇気、根性、男、連帯、絆など、
少年向けコミックの要素を基礎とした、ガス田の作業は延期されることになりました。
一人の男の勇気ある臆病な申し出が、それまで一丸となって目標に向かっていた組織を崩したのでした。
ロボット技術の進歩により、人命の一切を危険にさらすことなく、その作業が完了したのは、
男が寿命をまっとうした後のことでした。